サーバーについての思い出話

初めてのLinux=サーバー

コンピュータとしての予算が通らないので部品。

最初はベアボーン。予算17万円

最初から自作

参考書は、「Run Run Linux」アスキー (CD-ROM付き)

PC-UNIX初心者用のインストール本。

なので、Slackware

サイボウズなどのグループウェアがない時代。

元になったのは、稚内北星のサマースクールでのUNIX講座

カシメ具を自費購入

移動ユーザープロファイル

授業のための道具

生徒機はWindows98。サーバーはRedHat8.0

win95/98には一つのコンピュータを複数のユーザで使用し、それぞれの設定を記憶させることが可能である。好みの壁紙やウィンドウの色の設定はともかく、デスクトップのショートカットなどやマイドキュメントが別々であれば好都合であろう。これをユーザープロファイルという。

サーバーのユーザーホームをマイドキュメントにする。加えてプロファイルデータをサーバーに置くことで移動ユーザープロファイルが可能になる

windows NT サーバーならできるということを、Linux+Sambaでできるようにした。

生徒はどのコンピュータの前に座っても、ドメインログオンでサーバーに接続して、自分のプロファイルを得てマイドキュメントには前日作ったファイルがある。課題の提出はマイドキュメントにフォルダを作らせてそこに保存することで行う。教師はサーバー内の生徒領域から課題を一括で集めることが可能になる。

quotaを導入して保存容量を生徒ごとに管理

生徒用のウェブサーバとメールサーバ

授業テキストはウェブで。内部DNSを立てることで、www.st.seiai.ed.jp で配信

内部DNSは内部で解決できない時は、外部DNSに解決を転送するように設定。

外部のインターネットにはNATのルーター経由とし、プロキシーサーバーを立てて接続制限が可能なようにした。

メールの設定とメールの送受信の授業。内部のみでの配送。

ウェブページをエディタで作る授業。Wordで作っている学校もあった...

このために、画像処理(お絵かき)を導入。PaintShop6,7のライセンス購入

このほかは、有料ソフトは使わない方針

表計算はKyplot のちOpenoffice

サーバーはTurboLinuxからmiracleLinuxへさらにDebianへ変更していく。Debianが最終到達点。FreeBSDも一度一部使った

プリンタも教室に6台ぐらい安いインクジェットをネットワーク接続して使ったが、使わなくなった。

WindowsNT系列のドメインログオン

Windows2000でも可能であることを教員系で確認。しかし生徒用はこれを使う前にLinux化された。

脱Windows

まずWindowsでもLinuxでも使えるソフトを選択して慣らして行き、最後にOSを変える作戦

Firefox, Thunderbird, OpenOffice(2.0), Gimp(2.2), Java(1.4)

GimpはWindows版がまだ動きが鈍くPaintShopを使い続けた。

一番最後の問題が漢字変換。

年度末のOS更新(この時はOSというよりOpenOfficeなどのソフトウェアの更新)の時にいろいろなLinuxディストリビューションをインストールして、デフォルトデスクトップの使い心地を試した。

当時はKDE系とGnome系だったが、ここでDebianに固まり、サーバーもRedHatが有料化されたのを機に、Debianにしてしまう。

2007年から生徒機をDebian/Linuxにし、しかもWindowsMEとDebianの選択起動とし、どちらでログインしてもユーザーホーム(マイドキュメント)が共通で、今日はWindows明日はLinuxと好みのものを使えるようにした。これには多大な労力を要したが、実際にはLinuxにいったん切り替えたら戻ることはまずなかった。旧式になったMEよりもDebian-lennyの方がよかった。

この切り替えログインのために、LDAPを導入し認証の統一を図った。今思えばLDAPでのLinuxアカウントの管理は便利だが、sambaを統一するメリットはあまり無い。生徒に自分でパスワードを変更させないなら別管理で十分。シェルスクリプトで両方変えるようにすればそれで良い。

生徒機の組み立て

ケース(電源付き)、マザーボード、CPU、メモリを購入

キーボード、ディスプレイ、HDD、FDD、CD-ROMは旧機のものを流用。

組み立ての途中の動作確認でKnoppixを利用して、Linuxクライアントにすることを決意

40台で総額124万円(2006年)。他の公立高校では当時1400万円

2010年の入れ替えでは、ディスプレイとHDD、DVDdrも購入して200万円。隣の公立高校で2000万

OSの更新はほぼ毎年行う。Clonezillaを使用。

歴史的にユーザーホームはsmb接続だったが、NFSver4に移行。ただしkerberosにできなかったのが残念

グループウェア

2007年あたり

xoopse, typo3, plone などを試し、NetCommons を導入。その後Joruriに。

フレームワーク嫌いはこの辺から来ている...